2019/4/25

老いの神話


すっかりご無沙汰をして申し訳ございません。

昨年の冬、実家の母が大腿骨骨折で手術を受け 現在も入院中です。
母が入院した途端に父の認知症が進み突然始まった介護と看護。

今の事も子供達の名前も忘れたのに、優しさや気遣いは昔のままで・・・
日中は好きな音楽を聞いたり、穏やかな会話と笑顔で過ごします。
全てに、ありがとうと言って喜んでくれます。
しかし夜中は寂しくなったり、何度もトイレに起きる父を子供のように布団に戻し
昔の話しをしたり背中を撫でながら、もう寝ようと言うと「ありがとうね 」と暫しの眠り。

もう少しの間、父の側で忘れてしまう一瞬一瞬でも笑顔で繋いであげたい。
もう少しの間、忘れてしまっても一瞬毎の幸せが続くよう寄り添っていたい。
そう願っていましたが 眠れない体が悲鳴をあげてしまいました。

家族も病室の母も泣きながらの決断でした。
ショートステイのロングで施設へ・・・

身体は楽になっても心は重く、心配で父の所へ通う日々です(笑)
準備をしている時から涙が流れ、私は置いて帰る自信がなく、
準備の荷物を揃えると、弟夫婦に お願いし逃げ帰りました。

建物は新しく ベランダから見える緑が優しくて部屋は気に入ってくれた様ですが、
職員の方から帰りたい!と、かなり寂しそうだと聞く・・・。
しかし、気遣いを忘れていない父は 私に一言も言いいません!
大好きな父さん!本当にごめんね (泣) 頑張ってね 父さん(泣)

早く慣れて穏やかな日々を送れますようにと祈り続けています。
お預けすると一緒にいた時の様にしてあげたくても叶わない事や
我慢しなければならないことが多々あります。私自身も慣れないといけませんね。

身体は楽になりましたが、心は切なさで重い・・・。
今、そして今後、老いに寄り添う日々が親から最後に学ぶ心のような気がしてなりません。

誰もが親や身内の看護や介護に携わる時、この切なさを
どの様に受け止め、どのように流しておられるのでしょうか・・・



RORO

2019年 3月 25日掲載
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