つぶやき日記

「財相会議20名古屋」の為に、ライトアップが中止となり、
2週間遅れての撮影となりました。
見事なライトアップです。
撮影に配慮なのか強いライトと池からのライトがなくなり、撮影者にとっては嬉しい限りです。
しかし、場所を変更する度に撮影条件が変わり、対応に追われ私の撮影は無しです。(涙)

3時間ほど前に来園し園内を確認した際に撮影した写真ですが・・・。

2019年 12月 13日 掲載

いよいよ今回の撮影旅の最後、洛北の上賀茂神社です。



ここも改修により、川にまたがる橋が全く見られません。

外国から訪れる方の少ない場所を選びましたが。
昨日が見事過ぎて、尻すぼみの感じとなりました。
残念!!(爆)

2019年 12月 13日 掲載

源光庵と云えば、悟りの丸窓・迷いの角窓の対比で有名です。
しかし、2年に及ぶ改修のため残念ながら外からの撮影となりました。

2019年 12月 13日 掲載

安楽寺の隣に法然院は有ります。
ここも紅葉では有名です。
しかし、人が多く、思い描いた写真は撮れませんでした。
やはり、人の入った写真は撮りたくありません。
イライラの連続で、身体には良くないようです。

2019年 12月 13日 掲載

このお寺は入れません。
皆さん道路からの撮影です。
流石に人が踏み入れていない場所だけに、紅葉にまみれた様は絵になります。

2019年 12月 13日 掲載

下賀茂神社から一端ホテルに戻り、
朝食後、向かった先はこれも紅葉で有名な真如堂です。
真如堂は金戒光明寺を通り抜け隣にあります。



残念ながら、紅葉には旬を過ぎていましたがやはり絵になるお寺です。♪

2019年 12月 13日 掲載

早朝撮影の目的は下賀茂神社が鎮座する手つかずの森、糺の森です。
光の無い森をかなり落胆して歩いていました。
しかし、昨日とは打って変わった晴天。
まばゆいばかりの光が森に差し込んできました。
凄い、凄い!!大興奮です。

2019年 12月 13日 掲載

夜と朝の異なる景色です。
鴨川の河川敷には巨木が沢山育っていて、京都らしくない写真にも挑戦です。

しかし、5時半起きの早朝はやはり良いですね。

2019年 12月 13日 掲載

今日の計画ではもう一つ重要な場所での撮影が計画されています。
二条がんこ苑の高瀬川取り入れ場の邸宅で有名な明治の立役者「山形有朋氏」の邸宅と広大な庭園です。
到着時間が遅くなり、きわどい時間の撮影となりました。
しかし、同じ人間で何故この様なことが可能となるのか、ふと考えてしまいました。
俺は小さい!! これ実感です。

2019年 12月 13日 掲載

次の目的地は徒歩で隣の南禅寺です。

残念ながら、紅葉には旬を過ぎ多少ガッカリでした。

2019年 12月 13日 掲載

市内に入り、先ずはホテルに車を預け、タクシーで永観堂へ。
永観堂の傍では名騎手の奥様が邸宅に入る時に遭遇。
有名になって金を手にするとこの様な生活が出来るんだと羨ましく感じる私でした。

しかし、永観堂の紅葉は気落ちしている私を完璧に励ます様に、素晴らしい紅葉でした。

2019年 12月 13日 掲載

次の目的地は三千院の奥、額縁庭園・血天井(伏見城落城の際の)で有名な宝泉院です。
所狭しと沢山な見学者。
今日は駄目だ!!と諦めましたが、なんと一人も居ない時間に恵まれたんです。
これには思わず「ラッキー!!」

2019年 12月 13日 掲載

今年の夏前に来た際、工事中の為本堂から極楽往生院の撮影が非常に厳しかったことを思い出しました。
しかし、今回は工事でなく見学者様のいない時を如何に狙うかに苦慮しました。

縁側に足を投げ出したり、荷物をそこかしこに置かれては少々フレーミングに負荷がかかるようです。
出来る限りストレスのたまる位置を避けての撮影となりました。

2019年 12月 13日 掲載

人混みを避けるため平日に京都の紅葉巡りをしてきました。
先ずは北の端?大原からの紅葉巡りです。

天気予報は見事に当たり雨。
撮影には絶好のシチュエーションです。
写真の大敵「白トビ」が無く、透明性が増し、色が綺麗。雫まで入れば占めたもんです。♪
雨天へっちゃらのカメラです。
しかし、過信は禁物。
毎度ながら早朝の為に駐車場には誰も居なく、
慣れた格好でいざ出発です。♪

2019年 12月 13日 掲載

松平郷から高月院へのルートは2つありますが、
より平坦な舗装した道路を選びました。
もう一つのルートは、起伏にとんだ里山を彷彿とさせるルートです。

その昔には、小さな田んぼらしき場所で、氷を貯蔵していた場所もありますが・・・。
シニア世代3人では、それを見るより、平坦な道の選択はごく当たり前の様です。(笑)

2019年 12月 13日 掲載

六所神社から一路向かった先は、
松平を世に残した三河松平の発祥地・松平郷です。

松平郷には、松平城の跡に建てられた松平東照宮があり、
また、この傍には高月院と云う徳川幕府からも保護されたお寺もあります。

なお、松平郷の紅葉としては、特に堀に映る紅葉は見事です。

2019年 12月 13日 掲載

昨年秋に続いて、またまたやって来ました六所神社。
紅葉が舞台に映える様に魅かれてのものです。
郷里の四国では見られなかった里山の文化を継承・披露する習慣や立派な建物に
魅力を感じて撮影しました。
しかし・・・、未だ未熟の様です。

2019年 12月 08日 掲載

前回の日光東照宮の参拝では見られなかった「陽明門」。
長い修復期間を終え美しい姿を拝めることが出来ました。

幸いにも奥の建物の見学も許され、普段は見られない奥の建物からの「陽明門」も
一瞬の間に捉えることが出来ました。

天候に恵まれすぎて、金色に輝く建物を捉えるには露光調整が難しく、
持参した「角形ハーフNDフィルター」を車中に残したことが悔やまれました。

更に長い期間の修復を経て蘇った「金堂」では、記念に「御朱印帖」を購入。
「鬼門」除けのお札や梅の木の「数珠」等々の購入には、やはり「家族」を思う気持ちが出た様でした。

2019年 11月 12日 掲載

江戸時代の宿場の雰囲気を今に残す「大内宿」。
城下町会津若松と栃木県の今市を結ぶ「下野街道」にあり、
参勤交代などに利用されたと聞きました。

大きな茅葺家屋は、広い通りに対し整然と直角に並び、見晴らし台からの俯瞰は本当に絵になる光景でした。

2019年 11月 12日 掲載

少年だけで編成した部隊は新政府との戦いで大敗を期し、
井ノ口堰洞穴(猪苗代湖からの水を取り入れるトンネル、添付写真)を潜り、
命からがらたどり着いたのが「飯森山」でした。
鶴ヶ城から2800m離れたこの山からは、鶴ヶ城ははるか彼方に僅かに見える距離に当たり、
少年たちが落城と勘違いしたことがこの地に立って分かりました。
一人だけ死ねず生き残った方の50年後の証言で事の成り行きが明らかになったようです。

ループ式の「ささえ堂」は非常に珍しい建物も「井ノ口堰洞穴」の直ぐ傍でした。



それにしても、19名の少年の墓への階段は、年齢とともに衰える体力を痛感しました。(笑)

2019年 11月 12日 掲載